西洋占星術の不動星座生まれ

西洋占星術の不動星座というのは、牡牛座、獅子座、蠍座、水瓶座のことです。この場合、生まれた時に太陽があった星座のことを言います。

この不動星座生まれの方は、今月の6月から9月まで、最後のダメ押し的に問題が発生する可能性があります。特に蠍座、牡牛座、水瓶座の方は要注意です。

2012年10月~2014年12月まで、トランジットの土星が蠍座にありました。このトランジットの土星が6月から9月に一時的に蠍座に戻ってくるのです。

もちろん、12星座中4星座ですから、かなり大雑把な見方にすぎませんが、2012年10月~2014年12月に無理をした人にとっては、帳尻合わせのように問題が発生します。

心当たりのある方は、この6月から9月は慎重策をとるのが良いと思います。

私も蠍座ですから、自分の行動を再点検しているところです。

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西洋占星術の方位術

西洋占星術による方位術を、少しづつ講義しています。ただ、これは、私の講義を長く受講してくださって、この人だったら信頼できるなという人にしかしません。ほんとうに少しづつですが、今後もやるつもりです。

四柱推命も方位術に活用できないかと、研究してきましたが、少しくらいは効果があるかもです。ただ、私の中では四柱推命と西洋占星術が、ごった煮状態なので、とっても異端です。正統派の先生方から叱られます。ごった煮にした以上、それだけのメリットがないといけないのですが、そこはまだ自信がありません。

ふつうは正統派のものを習得されるのをお勧めします。ごった煮は、混乱で終わってしまう可能性があるからです。

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天文易という呼称について

天文易という言い方がある。

この名前を最初に知ったのは、初代潮島郁幸先生の『天文易』だった。この中で、この天文易は永鳥真雅先生が創始したとある。内容は、土占い(ジオマンシー)のシステムを使ったホラリーである。この占いは簡便でもあるし、占星術の持つ網羅性も有している優れた技法である。

ちなみに永鳥真雄先生は『考星術の研究』というテキストを発行しており、ここから隈本有尚先生の影響がうかがわれる方である。

この天文易という呼称であるが、阿部泰山先生が昭和四年に発行した『推命学活用吉凶開発伝』(後に再発行されて『天文易学六壬神課初学詳解』となる)の序文に「推命学活用吉凶開発伝一名天文易」とある。本の内容は六壬神課である。

この本の凡例では「一、本書は唯だ「天文易」と名称して発刊なすべき予定なりしも、天文易とのみにては星学又は天体に属する易占法と解釈せらるるを以て『推命学活用吉凶開発伝』と改称し諸賢の批判研究を乞はんとす。」とある。

このことを永鳥先生は知ってか知らずか、西洋の易のようなシステムであるジオマンシーを使い、また占星術を使ったものを「天文易」と呼称したのだ。阿部先生が懸念された「星学又は天体に属する易占法と解釈せらるる」を、そのままやったのだ。

ジオマンシーは明治期から盛んに紹介されており、一般の占い雑誌にも何度も掲載されている。占星術も隈本先生が明治期から雑誌等で盛んに紹介されている。この影響を受けた永鳥先生が工夫して作ったのだろう。

最初に阿部先生が六壬を「天文易」と呼称し、永鳥先生が土占いと占星術を組み合わせたものを「天文易」と呼称したということだろうか。だからなんだってことだが面白いと思う。

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東アジアの危機

トランジットの天王星の動きを見てみます。

牡羊座の7度近辺を中心に考えると、オーブ2度では、

2012年4月あたりから強力な刺激が始まっています。

トランジットの場合、オーブは可変的です。

そのため影響は2014年にまで及ぶでしょう。

また、トランジットにとって留は重要です。

これはオーブを広げます。

2013年8月に留になります。

この前後あたりが大きな山になります。

トランジットの天王星の影響にトランジットの冥王星の影響が重なると、大変なことになります。

ズバリ、ドンパチと動乱です。

ざっくりとは2012年~2014年

特に2013年中は危険です。

加えてトランジットの木星の位置です。

どうも過去の傾向からトランジットの木星が双子座や蟹座にあるころにきな臭いです。

2013年6月26日にトランジットの木星は蟹座に入りました。

これはトレンドが変わることを意味します。

お隣だけで済む話ではありません。

今年の春分図と安倍首相の出生図は大変危険です。

ちょうど1930年~1945年あたりの様子にそっくりです。

T天王星90T冥王星オーブ±3度:1931年4月12日~1935年1月28日

となると、無人島の周辺での衝突はありそうです。

さて、日付は?ということですが、ここしばらくブログに書いている危険期あたりに偏りやすいとは言えます。

巨大な流れですので、どこを切り取って危機だと表現するのか議論の分かれるところです。

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Hさんへ。ご質問への回答です。

なぜか返信メールが送れません。こちらをご覧いただけると良いのですが。

ご質問のサビアンですが、私は単純に360個も覚えられないので使っていません。私がヘボなだけです。サビアンでも熟練者は高度な読みをされると思います。

ハーモニクスは一部は使いますが、非常に限定的に使っています。

僭越ながら、様々な技法の土台となるごく一般的な出生図をしっかりと読み込むことが大切だと思います。これはドイツのウラニアンでもインドでも同じです。高度な技法は基礎的なものの十分な読解の上に確立されるものだと考えます。

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『號一第巻一第誌雜學星考』

いきなりタイトルが逆ですが、それもそのはず、この雑誌の発行は昭和十二年二月二十八日となっているからです。ちょうど日中戦争が勃発した頃です。

日本考星学会発行で、ほぼ小埜(野)皋(皐)山氏という方だけが執筆されています。この方が日本考星学会を主宰されているようです。一番後ろに日本考星学会規約なるものもあるのですが、はたして第二号が出版されたのかどうかは定かではありません。

さて、中身ですが、簡単な占星術の紹介と相場に占星術を使っているなどの話が書かれています。小埜氏自身も占星術を相場に使われていたようで、簡単な相場予想の記事があります。

26ページだけの小さなブックレットなので、それほど沢山のことが書かれているわけではありませんが、ロブソン氏、トレミー氏、チコ氏、アダムス氏、隈本有尚氏、マンリー・ホール氏など、占星術に関わった方々の名前が散見されます。

また、1930年に発見された冥王星についても取り上げています。昭和十二年は1937年ですから、発見されて7年後に占星術雑誌で取り上げられた事実は興味深いものがあります。

この雑誌の中では永鳥氏については書かれていませんが、隈本氏の流れにある方のお一人だと思われます。

こういう歴史的な資料というのは、誰かが取り上げないと埋没するものですので、ここに書き記しておきたいと思います。

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永鳥氏資料を発見!

興味のない方には、なんのことかさっぱりでしょうし、何をわーわー言ってんだって感じですが(笑)

2008年4月6日のブログで永鳥氏の資料が古書店の目録にあったので、あわてて古書店に行ったら資料が見つからなかったという話を書きました。

その中で言及したのが、隈本氏→永鳥氏→潮島氏→ルル氏の流れです。この中で永鳥氏以降の流れは、ほぼ確定されたのですが、今回手に入れた資料で、隈本氏→永鳥氏ラインが、かなり濃厚になりました。

資料の名称は、

永鳥眞雄講演『考星術の研究 一部二部』日本運命学協会

です。発行が昭和27年6月となっております。

この中の冒頭で「邦訳して占星術或は考星術と云い又天文とも云う。」(p3)とあります。占星術という名称は相当に古くからありますので昭和27年時点で、あえて考星術としていることは、かなりの思い入れがないと呼称しないでしょう。これ以外の同時代の資料は全て占星術あるいは占星学であることからも容易に推測されます。

それと面白い発見がもう一つ。

永鳥氏の次の方の潮島氏には『天文易』なる講義資料がありますが、この中で「天文易の形式を創始された永鳥先生は、ラファエルの[運命の書]からヒントをうけていることは明白であって(中略)これは、西洋のオラクル(神のおつげ)からヒントを得たことは永鳥師の天文易の序文が裏書している。(中略)私は、ラファエルの[運命の書]をよんで、これを天文易という新しい形式に消化された永鳥先生の才能に敬意を表すものである。」(p3-p4)と永鳥氏について言及されています。

これまで私は「天文易」というのは、なんとも洒落た名前だと思っておりました。が、しかし、どうも「考星」という隈本氏の考えの反映が見られないので、永鳥氏と隈本氏との関係の深さを確信できないでいたのです。

ところが、今回の資料の中で「考星易」なる言葉を発見するに至って、永鳥氏が隈本氏の直接のお弟子さんか、あるいはかなりの思い入れのある私淑をされている方であると確信しました。

さらに白眼學舎編集部『占星算命術』の中にある年の循環期と、ほぼ同じ内容を今回の資料の中に見つけました。

話はずれますが、この『占星算命術』では、さかんに考星學という呼称がつかわれています。そのことから隈本氏を紹介された河西氏は、これを隈本氏の著作であるとされておられます。しかしながら、私が所有するこの本には小西久遠著とペン書きで記されているのです。小西氏は別件で問題を起こされたとの話もありますので、この小西氏と永鳥氏が同一人物である可能性は低いと考えます。とすると、私の推測では、隈本氏が個人で開いておられた講習会に小西氏や永鳥氏が参加されていたのではと思うのです。違うのかな?

ちなみに「白眼學舎」なる皮肉めいた名前を付けておられることが、なんだか可笑しいような身につまされるような感じです。

それとこのチャラ・ダシャーのような36年周期というのが、大正~昭和30年代までに、あちこちで見かけることは、やはり同じような情報発信者がいた可能性も考えられます。

残念ながら車谷氏の資料については未見ですので、これ以上はわかりません。今度教えてくださ~い、O先生~。

今回の資料にはありませんが、日本における占星術研究黎明期~発展期にプロフェクションやアクシデンタル・ディグニティなどの解説があったことを書き添えておきます。

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星占いってなあに?

久しぶりの占星術の授業を前に、占星術の話題でも書かないとまずいなあ~ってことです。

ということで97年前の本の内容を少し。

考星学とは、一定の時における天体の諸現象と、地上における人事百般との関係を研究し、未来を予測する学問である。

この学問の現状から、その活用範囲を述べると、

①個人の性格や運勢(生時考星学)

②社会または国家の主な出来事(国家考星学)

③気象および地震現象(気象考星学、地震考星学)

④商売の成功失敗、株式金融の状況(商業考星学)

等に分類することができる。

本書においては、主に第一のもの(注:生時考星学)を扱う。

これは学習の順序として好ましいだけではなく、“人間の正当なる学問は人なり”という格言が妥当であれば、この分野を先にすることは正しい順序だろう。

あるいは一歩進めて説くならば、人の性質の複雑さや、その表現の様々なことなど、自然の力が自由に交わって万華鏡的な作用を示す状況(注:ホロスコープの状況)を理解すれば、性格を知るだけではなく、人間の心の力を転換して適性のある進路に就かせることできるのである。

“生時考星学”の効用は、正しくこれに外ならない。

すなわち個人が天から与えられた特徴を発揮して、生きていく上で最小抵抗の経路(注:最も相応しい生き方)を発見し、宇宙における自己の精霊の大きさと、努力して到達する限界を自覚させるものである。

本書を書くにあたっては、欧州の諸先輩の書、特に英国の考星学者セファリアル師の書に負うところが多いのではあるが、一つ一つ自分の経験と照らし合わせて、自分の学んだ結果を加えているところも少なからずある。ゆえに真面目に、この学問を学ぼうとする者には、大いに役立つだろうと信じる。いうまでもなく、この学問の全部を紹介することはできないが、説き示す限りにおいては、精確で信頼できるものである。

しかしながら、これは必ずしも盲従することを勧めているのではない。盲従は学問で敵である。読者は批評の眼で本書を調べるべきである。自分で、これを経験に照らし合わせ、十分な証拠を得て、始めて本書に述べてある事柄を批評することができるのである。盲従してはならないが、自分で努力もせず、この学問の根本を疑うことは、学問を学ぶ方法とはいえないのである。」

隈本有尚著『天文ニ依ル運勢豫想術』東海道書店刊の緒言の一部より。それとこれはコピペではありません。念のため。

※考星学(こうせいがく)は、現在の西洋占星術のことです。

*占星術とは天体現象と地上の出来事との関連を研究して予測等に生かすことである。

*占星術を研究することで、その人物の適性を生かすことができる。

*占星術に盲従すべきではない。自分で調べて確認した上で批判したり、活用したりすべきである。

まあ、こんな感じでしょうか。最初の二点は、占星術を学ぶメリットでしょう。

天体の運行と人の人生が関係しているなんて、にわかには信じられませんが、これが学んでいくと、驚くほど関係していることを知ります。何年も学んでいると、そういう単純なことを忘れがちになりますが、ド田舎の自宅から見上げる満天の星空が不思議な気持ちを呼び覚ましてくれたりします。

また、私は現在満41歳ですが、10代の頃にホロスコープを読んだ時点では、どうもピンとこないなあという点が多くあったのですが、これくらいの年齢になると、あれはああだったんだ、これはこのことだったのね、という発見があります。で、結局は大枠はホロスコープの示す暗示の人生を歩んでいることに驚くのです。まあ、死ぬ直前になって、なんとも占星術って当たってるのねと実感が増すかもしれませんが。

それと、緒言の自分の適性を生かすことの背景には、単純な性格的適性だけではなく、先生のバックボーンである人智学的な魂の活かし方が意図されています。

ところで現在の西洋占星術は、様々な発展をしています。心理学との融合、科学的な検証、伝統古典の復興、新しい理論の構築などです。そのどれも真面目な研究であれば大変良いことだと思います。

いや~、この真面目で地道な研究ってのは本当に大切ですね。最近も痛感しております。真面目な研究は何年たっても色あせない!地を這うごとく研究された成果は、今も燦然と輝いています。

2月6日から久しぶりに占星術の授業が始まります。この緒言に書かれている内容を、どこまで実現できるか不明ですが、できるだけ頑張ります。

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はやぶさの快挙!小惑星イトカワと占星術

長い困難を乗り越えて大気圏で燃え尽きる姿に、なぜか感動した「はやぶさ」。この「はやぶさ」が小惑星イトカワの砂粒を持ち帰っていたことが分かりました。テレビに出演されている専門家のお話によると、このイトカワの砂粒は、太陽系のはじまりの頃の情報を含んでいる可能性があるとのこと。こちらも大変ロマンのある意義深いものです。

さて、占星術では太陽系の恒星や衛星、惑星などを観察の対象としていますが、小惑星を使う方もいます。私の場合も一部の小惑星は使います。ただ、今回の小惑星イトカワの存在は、「はやぶさ」の活躍で初めて知りました。

ここからトリビアネタ(笑)です。この小惑星イトカワは日本のロケット開発の父と呼ばれている糸川英夫氏にちなんで命名されていますが、この糸川英夫氏は占星術の研究者として特に有名でした。この点に関してはテレビでもネットでも触れる方は皆無かもしれませんね。って、後で調べたら鏡先生が5年も前に書かれています。さすが~。

さらに意味もなく続けると、1970年代に小学生だった私は通っていた小学校のBCLクラブに所属していました。BCLとはBroadcasting Listening のことでして、要するに短波ラジヲで受信して、こんだけデシベルで受信できましたよ~と放送局にハガキを送るとべリカードをもらえるというものです。このBCLですが糸川英夫氏は1976年から1983年まで日本BCL連盟の会長職にあったそうです。当時は知りませんでしたが。私の場合、小学校6年でハムの電話級(現在は4級でしたか?)をとるのでBCL熱は遠のいていき、かわりにハムと一緒に占星術やオマジナイにはまっていきます。

戦前に戦闘機の隼(はやぶさ)の設計に参加されていた糸川氏ですが、自らの名前を命名された小惑星イトカワに探査機「はやぶさ」で到達するなんて、言霊ではありませんが何か因縁を感じますねえ。

とすると、今はまさに逆転の発想が必要なのでしょうか(笑)

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トランジットの天王星

トロピカルでトランジットの天王星が牡羊座にイングレスします。

正確には2010年5月28日10時50分~2010年8月14日12時31分です。

その次が2011年3月12日9時53分からとなります。

天王星は、旧来のものを覆して改革する、変革することで有名です。今の政治体制を考えると、かなりの政治的混乱を招くかもしれません。

トランジットの天王星の動きだけですと全世界的な影響なのですが、イングレスするのが牡羊座です。牡羊座は日本に影響が大きいのです。天秤座よりも牡羊座です。

今の民主党のHY氏、OI氏などは巨大な変化に飲み込まれるかもしれませんね。

これまでの経験上、2010年5月28日10時50分のイングレス直前に現実化してもおかしくはありません。

もう一つ天王星は振動、揺れる、ビリビリ、ユラユラを象徴します。こんな予測は外れてほしいのですが、地面がクエイクしなきゃな~と思います。

まあ、私がクエイクしているだけで、単なる杞憂で済んでもらいたいものですね。

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