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自然がいっぱい

ここはド田舎です。

春の到来を感じます。

時には来訪者もあり。

そして、俗人の私でも手を合わしたくなる瞬間があります。

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偉人の足跡

隈本先生について、面白い記述を発見したので紹介します。

長谷川 勝政著(翻訳)「本田増次郎自叙伝「ある日本人コスモポリタンの物語」

(“The Story of a Japanese Cosmopolite” As told by himself )の紹介」

この記事(文章)は、「The Herald of Asia」に連載されたものを、長谷川氏が翻訳されたものです。本文中にも以下のように紹介されています。

「“The Story of a Japanese Cosmopolite”は、既述したように、本田増次郎自らが参画していた英字週刊誌“The Herald of Asia”に連載したものである。第1回が大正5(1916)年3月25日、まさに同誌の創刊号より始まり、最終回が翌年の2月24日で終わる、およそ1年間、46回に及ぶ力作である。」

この本田先生の自叙伝自体も大変面白いものです。明治期あるいは大正期の偉人たちが、いかに世界で活躍していたのかがよく分ります。文中にスエデンボルグについて言及するところがあるなど興味が尽きません。

しかしながら、一番興味を抱いたのは、隈本先生を紹介する記事があったことです。

以下に引用します。

「政府の教育担当官であった隈本くまもと有尚ゆうしょう氏〔大正3(1914)年、『天文による運勢予想術』(日本初の西洋占星術テキスト)により星考学(占星術)を日本に紹介〕が英国訪問中であったが、その間バリーのヒューズ家の客人となっており、時々星占いをして客人を楽しませていた。ヒュ-ズ氏は弁護士だが、彼独特のユーモアの才があって、隈本氏の髭は左に何本、右に何本とそれぞれ数えることが出来ると言う。そして続いて、日本では菊の花の種類毎にすてきな名前を付ける習慣があると聞いたことがあるとの話しに及んだので、私は日本の友人隈本氏の顔を立てて、自分は1度ならず茎〔髭にかけて茎という言葉を使った〕を生やそうとしたことがある。しかも隈本氏よりずっと少ない本数だったが、それでも親しいご婦人方の反対は大変なものだったよ、と言ってやった!〔ご婦人方の反対を押し切って隈本氏があれだけ髭(疎らではあるのだが)を伸ばしているのだから大したものだと〕」

この記事の中で面白いのは、洋行中の滞在先で星占いを披露されていた点です。ここから隈本先生は案外話の分かる方であったこと、洋行以前に既に本場の客人を相手にできるほど占星術をマスターされていたこと、あるいは込み入った内容になるはずの占いの問答を英語でなさっていることです。まあ、髭の話は御愛嬌でしょう。

面白い内容です。

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