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神秘説

神秘説は思考又は説示の形式に於て種々の學派に分かるれども、其の大要を摘めば、自我は本来萬物の背景たる神佛と本質を同じうするものなるも、之れが現狀に於て然らざる所以のものは、それが一時物質界に降だり託身したるが為なり。若し内觀して自我(主體)と外性(客體)との區別を辨識し、復又自我に就きて内觀するときは更に一層高き境涯に昇ることを得。此の如く層一層累進して幾多の境涯に飛翔するときは、終に能く其の本來の状態に復歸し、自我自ら神佛を見、自我自ら神佛の格位に達することを得るに至る(現世に於てせざれば幾世の後に於て)となるに在り。學理の基礎は論理にあらずして實證に在り。一名「見神説」とも云う。我が國佛敎各派中「禪」は心性の修練に重きを置き、「眞言」は作法に形式を高調にする傾向あり、然も皆共に「見神説」に屬せり、(信者其の人は之を否定せしむも)。若し客觀的方面に偏して作法其の物の價値を重視し、而して之が科學との聯絡を圖らむと試みるときは、これを称して、「幽玄の學問」と云ふ。

一部、新旧漢字が混じっています。

これは隈本先生著「歐式淘宮術獨判斷」の語彙にあるものです。

大拙先生は、「禪」を海外に紹介された一方で、スエデンボルグなど、ニューソートにつらなる思想を紹介しました。隈本先生はシュタイナーの人智学を紹介します。明治初期、メスメリズム、ニューソート、霊智學(神智学)など、欧米諸国の裏側まで掘り下げようとした先人たちに驚嘆します。

驚くべきは、この書は単なる星座占いの本です。その語彙欄に、これだけの内容を書かれている点です。内容については賛否があると思われますが、隈本先生のお気持ちを深く感じます。

ちなみに、これが明治以降、早い時期に出版された星座占いの本です。ただし、佛教系のものや兵法系のものは除きます。また、この本の発行が大正二年であり、音楽家の山田耕作氏(耕筰ですが、肝心の「生れ月の神秘」では「耕作」となっております)の「生れ月の神秘」は大正十四年ですので、「生れ月の神秘」が日本で最初の占星術の本、あるいは星座占いの本であるという説は正しくありません。

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