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運用における留意点

「占断の効力もしくは作用は確定的なりや、また警告的なりや、換言すれば必至的なりや、また暗示的なりやということについても、少しく解釈を要するものあるべし。即ち占断の示すところは確定的必至的にして忌避転換を許さざるか、また警告的暗示的にして対策を講じ得べきものなりや否や之なり。(中略)ここにおいて占には二様を有し、事実の未来、あるいは現状の推移を確定的に予示するものを予言占とすれば、事件に対する可非の示教、または鑑定の用をなすものを参考占、または指導占として概別するを得べし。」

旧漢字の使用を避けました。また、本来であれば出典を示すべきですが、細心の注意が必要であり、あえて書いていません。年代的に著作権には引っかからないものの道義的には申し訳なく思います。勝手な言い分ですが、たいへん整理されていましたので参考にさせていただいております。

ここで考えなくてはならないのは、占いの結果というものが、どちらに分類されるのかという根本的な議論よりも、運用に際しては、この二種類の運用方式を取らなければならないということです。

インフォームド・コンセントという視点から、クライアントがどういう希望をもっておられるのか、吉凶を受け止められる状態であるのかが問題です。

私の場合、最初に聞いてしまいます。特に悪い結果ですが、それを受け入れられない場合は、ここでいう参考占、指導占となります。悪い結果を受け止めて方向転換する気持ちがある方の場合は、予言占になります。いずれにしても、確実なことを保証するものではないことは申し上げます。

開運占法にしろ、吉凶占断にしろ、確実な保証をしないわけですから、私は相談者にとっては頼りない占い師でしょう。ただ、常識的にこういうことが前提になっていると思いこんで、インフォームド・コンセントをしないで相談してしまうことは危険だと考えます。実際に、そう認識していない相談者の方がいらっしゃるので、確実な保証をしないことが間違った方法だとは思っていません。

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神秘説

神秘説は思考又は説示の形式に於て種々の學派に分かるれども、其の大要を摘めば、自我は本来萬物の背景たる神佛と本質を同じうするものなるも、之れが現狀に於て然らざる所以のものは、それが一時物質界に降だり託身したるが為なり。若し内觀して自我(主體)と外性(客體)との區別を辨識し、復又自我に就きて内觀するときは更に一層高き境涯に昇ることを得。此の如く層一層累進して幾多の境涯に飛翔するときは、終に能く其の本來の状態に復歸し、自我自ら神佛を見、自我自ら神佛の格位に達することを得るに至る(現世に於てせざれば幾世の後に於て)となるに在り。學理の基礎は論理にあらずして實證に在り。一名「見神説」とも云う。我が國佛敎各派中「禪」は心性の修練に重きを置き、「眞言」は作法に形式を高調にする傾向あり、然も皆共に「見神説」に屬せり、(信者其の人は之を否定せしむも)。若し客觀的方面に偏して作法其の物の價値を重視し、而して之が科學との聯絡を圖らむと試みるときは、これを称して、「幽玄の學問」と云ふ。

一部、新旧漢字が混じっています。

これは隈本先生著「歐式淘宮術獨判斷」の語彙にあるものです。

大拙先生は、「禪」を海外に紹介された一方で、スエデンボルグなど、ニューソートにつらなる思想を紹介しました。隈本先生はシュタイナーの人智学を紹介します。明治初期、メスメリズム、ニューソート、霊智學(神智学)など、欧米諸国の裏側まで掘り下げようとした先人たちに驚嘆します。

驚くべきは、この書は単なる星座占いの本です。その語彙欄に、これだけの内容を書かれている点です。内容については賛否があると思われますが、隈本先生のお気持ちを深く感じます。

ちなみに、これが明治以降、早い時期に出版された星座占いの本です。ただし、佛教系のものや兵法系のものは除きます。また、この本の発行が大正二年であり、音楽家の山田耕作氏(耕筰ですが、肝心の「生れ月の神秘」では「耕作」となっております)の「生れ月の神秘」は大正十四年ですので、「生れ月の神秘」が日本で最初の占星術の本、あるいは星座占いの本であるという説は正しくありません。

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狂狷

隈本氏の説 占星術を今日でしきりに主張する學者は隈本有尚氏であるが、その著「天文に依る運勢豫想術」とその占星術は殊に氏が古く理科大學に籍のあつた人であるだけに、學者間に最も論難せらるる點である。

スエデンボルグを紹介した大拙先生、考星學を紹介した隈本先生。

白川静先生のテレビを見て・・・。

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consider

con(一緒に)+sider(星)=「多くの星を一緒によく見る」

而して金と木は取入れなきを以て臨機天と澤を以て金に、風を以て木に兼用せり。茲に於て金と木を本格として取入れんとせば宇宙要素として無関係なる澤雷と交換するを以て捷径とすべし。

おそらく蠍座を火(水にあらず)とすること、卯=離=火星とするのは強引か?

あるいは未を蟹座月として養育=巽を木として生育または生命?

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丁酉

大拙先生の「スエデンボルグ」紹介の隣の隈本先生の紹介は長いんでこんど。

で、これもまた当時をしのばせるものをば。

長崎市住 某氏

記者閣下よ、螺雲道人をして小生の性行を星占術に依り告げしめられんことを懇願す。

道人旅行中にて未だ解答に接せざりしは遺憾なれど、必らず其中には出来ることと存候、併し會員の中にて先ず性行を詳にせる人に就て試み居り候。

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金星

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なんかなかったかな~ってんで、レウェリンのTHE COMPLETE BOOK OF AMULETS & TALISMANS p247ってば、誤植だらけで驚いたなあ~。

そうそうKESSINGERにSepharialってんで、おお~って買ったら、EXTRACTED???、それもたった3ページ!!!うーん、これはいくらなんでもないでしょう~~ねえ~~。ちなみにThe Planets In The Housesです。聞かない書名なんで、おお~って。なんのことはない、せくしょん3の茶ぷたー1だって。うーん。うーん。

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木星

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曜日ならぬ曜時

日昼

日夜

月昼

月夜

火昼

火夜

水昼

水夜

木昼

木夜

金昼

金夜

土昼

土夜

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1day補足

2月2日の1dayに参加された方から、ご質問をいただきました。

少し書いてみます。

Q1

いわゆるよく暦本にでている八将神、つまり大将軍、太陰神などは、あ
まり江戸時代の方鑑学では使えない神殺として扱われていたため、今回
はご説明されなかったのでしょうか?また先生ご自身もあまり八将神は
気にしないのでしょうか?

A1

大将軍など、他にも多数の神殺を方鑑学では使用します。ただ、今回に
関しては、九星気学の1dayであり、九星気学に方鑑の神殺を導入する
ことを第一に考えること、ある程度、整合性のあるつなぎ方をする必要が
あると考えました。そのため、神殺を最小限に絞りました。さらに、取り
上げていない神殺を考慮しなくとも、年月三合で制化できるわけですから、
実質的な使用には問題は生じません。このほか、本格的な方鑑では主命の
観点を導入する必要があります。こうなると九星気学との接合が一部で難
しくなります。従いまして、九星気学を土台とする方々には、ああいう形
になったわけです。

Q2

方鑑学は江戸庶民のあいだで広まったのですか?それとも武家大名がおも
につかったのですか?参勤交代にも使われていた可能性はないでしょうか?

A2

方鑑学は間違いなく江戸庶民に広まっていました。当時の暦本にも簡単な
説明が多数でてきます。武家階級にも、当然ありました。ただ、方鑑学に
もいろいろあります。また、参勤交代に使われていたのかは不明ですが、
使われていた可能性はあると思います。

Q3
僕は、てっきり江戸時代は歳徳が最大吉方位なのだと思っておりました。
平成20年度は南の五黄にまわっておりますが、歳徳によって五黄殺や凶
殺の悪さがなくなる考えを江戸時代はしていたのではと思っておりました。
そういった考えはなかったのでしょうか?先生のお話しでは南は最悪との
ことでしたが。恵方まいりの南は使えないのでしょうか?

A3
たしかに、「年家吉神ハ歳徳、歳徳合、歳禄、陰陽貴人、歳馬ヲ以テ最上
ト為ス」とありますので、歳徳が最も強力な吉神だと思います。実際、こ
の歳徳については、他の方鑑の本でも重要視されていますし、私自身も、
この歳徳の影響を感じます。ただ、戊己年については、少し疑問が残りま
す。五黄を制化できるかは疑問です。五黄と一緒ではない都天は制化する
とは考えます。ただ、ここらへんの線引きは、もっと研究しなくてはと考
えております。

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