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出生時間と出生時間の修正

 占いの種類によっては、出生時間が必要な場合があります。また、出生時間に敏感な占いでは、秒単位までみるものがあります。ただ、秒単位で出生時間が判明している人なんて皆無です。私の手元にも、秒単位で正確な出生時間が判明している人は数名分しかありません。

 さて、秒単位どころか分単位でも出生時間がわかる人は少ないものです。母子手帳に記載されている出生時間ですが、平気で5分から10分くらいズレています。これでは、秒単位でみる占いなんて成立しないと考えてもおかしくはありません。

 けれども、世の中には執拗な技法(殆ど執念!)もあったもので、出生時間の修正というものがあります。レクティファイと呼ばれるものです。ここ数日、机にかじりついて出生時間の修正を試みていました。数日前に、頼んでいた船便の本がやってきて、そこに面白いレクティファイ技法があったので、へーとばかりに試していたのです。詳細を書くことは膨大すぎてできませんが、簡単に説明しますと、こうです。

 まず、人生上の主要な出来事を何年何月くらいのレベルで書き出します。できれば、十個くらいあると便利です。結婚、離婚、出産、怪我、事故、入院、出世、当選、失恋、身内の悲しい死など、特に心に印象深いものがいいでしょう。こうやって人生上の主要なことを書き出してみると、悪いことの方が鮮明に覚えていますね(笑)また、その方が占い上でも分析しやすかったりするのが不思議です。特に占星術で説明すると、月の位置、ASC、MCの位置が修正の鍵になります。

 その人生上の主要な出来事と占い上のロジックで導き出された出来事の発現期のズレを調べます。ここがなかなか大変なところです。あーでもない、こーでもないを繰り返していくと、だんだんズレが小さくなっていく収束点が見つかってくるのです。こうやって修正された出生時間を使えば、未来予測の精度も上がるはず、と考えられています。ここで修正された出生時間は、あくまでも占い上で出来事を説明しやすくなった、ということにすぎません。実際、本当の出生時間なのかどうかなんて神様しかわかりませんよね。ただ、正確な秒単位の出生時間を数名分持っていますが(分娩室にて採取!!)、それなりに秒単位の意味もあるようです。

 こうやって考えてみると、2時間単位で出生時間を絞り込む多くの東洋占は、実用性という点では、大変優れているように思います。

その生年月日出生時間から、どんな情報を引き出そうとしてるの?

その情報だったら、これくらいの精度で十分に実用に耐える。

と、こんな感じで作られているようなのですが、こういうい実用主義は、本当にすごいと思います。

結論

秒単位で出生時間を修正することには、それなりの意味はあるが、あまりにも時間が掛かりすぎるので、実用性という点では、難しいものがある。まあ、私は物好きなので、やってみたくはなりますが。といった感じでしょうか。

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占い師の日常?

ふと気づくと一ヶ月ちかく書いてませんねえ。いけません。

ということで、ネタもないので、日常のことを書きます。

一ヶ月ほど前ですが、お家にいるパートナーの目の下のホオに赤筋が絡んだようにでていました。それを見つけて「近所でトラブルを起こすか、何か面倒なことが舞い込むかするから気をつけるように」と恐れながら申し上げておきました。本人は、そんな心当たりがないので、聞き流していたようです。

それから数日して、身に覚えがない電話が入りました。その内容は、どうもガスの業者の変更についてなのですが、なぜトラブッっているのか、こちらは理解できません。よくよく話を聞くと、こうです。数日前に別のガス業者がやってきて、今のガス業者よりも安くするので、うちに変えて欲しいとのセールスがあり、安ければなんでもいいや、ということでパートナーは変更の手続きをします。ところが、田舎にありがちなのですが、それは現地の業者の縄張りを荒らす行為になった模様なのです。こちらとしては、どっちでもいいのですが、地元の流儀もあるらしく、結局、ガスの業者は変えられないことになりました。そのヤリトリは、地元のガス業者、新規のガス業者、うちが家が買った不動産屋さん、こちらと四者を巻き込んだ、ちょっとしたトラブルとなったのです。

あとで振り返って、「これのことだったのね」と納得。

もう一つ、ほんの数日前の話。

占い学校の授業が終わっての帰り道、品川のホームから自宅に電話しました。その電話で、私の父が一週間前に入院したことを知ります。電車がホームになだれ込んできたので、慌てて電話を切りましたが、詳細を聞けず不安です。(私もパートナーも長文メールが苦手)そこで電車内でチャートを作ってホラリーで父の病気について判断しました。そのために手計算用の天文暦を持ち歩いています。その結果、本人は多少弱っているものの、心配するほどのことはない。ただ、病気については長期化する可能性があるとわかりました。少しホッとしながら長旅の帰宅を続けました。帰宅してから、弟に電話で詳細を聞くと、どうも糖尿らしく、本人はたいしたことはないけれど、退院後も治療を続ける必要が出てくるかもしれないとのことでした。

これには前ふりがあります。この出来事の十日前、私の額の官禄あたりにニキビがでているのを、朝の洗面所で発見します。場所が場所だけに、「これは目上のトラブルだなあ。仕事上で問題でも発生するのかな?」と話していました。そのとき、父の異変だとは判断できなかったのです。場所も父を示す場所からずれていたのですが、これには大いに反省が必要です。自分の身内のトラブルを見抜けないなんてヘボですから。

ヘボついてでに告白しますと、、自分の子供が遊んでいるときに骨折した事件で、まずい星回りとダシャーが変わっていることを知りながら日付までは予測できなかったりと、失敗談もあります。

まったくもって、自分の未熟さを反省します。

とと、こんな感じの日常です。

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